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第6話 臓器移植について考える

今回は少し違った切り口でのお話です。再生医療を考える際には、ぜひとも考えておきたいことがらです。
さまざま原因によって臓器や組織を失ったり、その調子が悪くなったりしたら、その臓器や組織をなおさなくてはなりません。そのためにいろいろな方法が考えられてきました。もちろん薬によってもなおる場合があります。少しくらいの傷害ならば、これでなんとかなります。しかし、とても大きな問題があった場合にはその程度ではなおりません。
大規模な臓器や組織の傷害に対処する方法として、臓器移植が行われるようになってきました。お亡くなりになった方の臓器や組織をいただいて、病気の方の治療に役立てます。骨や皮膚はかなり昔から使われてきました。腎臓や心臓、肺などの臓器でもその対象となっています。みなさんもご存じの通り、角膜移植は「アイバンク」と呼ばれてかなり多くの患者さんがその治療を受けています。

このような臓器や組織の移植はとても有効な治療方法ですが、大きく分けて二つの問題があります。ひとつめは、移植される臓器・組織が他人のものなので、移植後に拒絶反応を受けることです。ふたつめは、移植するための臓器や組織の提供者(ドナー)を探さなくてはならないと言うことです。

ひとつめの問題である拒絶反応は、免疫拒絶と呼ばれるもので、他人のものをいれると必ず引き起こされる反応です。そもそもからだには免疫と呼ばれる機能が備わっており、自分のからだ以外のものが外から入ってくると、それを排除するように仕組まれています。ばい菌がからだの中に入ってきても、これを排除するのですが、その性能はとても高度なものであり、同じ肝臓や心臓でも他人のものと自分のものとを見分けて排除しようとします。そのために、免疫機能を押さえる薬をずっと使い続けなくてはなりません。それにより、他人のものを排除する反応を抑えつつ、移植した他人の臓器の恩恵を受けることができるのです。

ふたつめの問題はドナーをどうするかということです。家族からいただく場合は別として、多くの場合は亡くなった方のご厚意により、組織や臓器をいただかなくてはなりません。その場合、長期間病気を患った方からいただくのは、その臓器も弱ってしまっているために、あまり適当とはいえません。そうすると、不慮の事故で帰らぬ人となってしまった、さっきまで健康であった方からいただくことを考えなくてはなりません。こういった方々から、組織や臓器をいただくことがどれほど難しいかは想像できるでしょう。

多くの日本人は仏教を信仰しています。もちろん宗教にはいろいろな考え方があるとは思いますが、日本人の死体に対する感情は、やはり、「仏様」というものでしょうか。もちろん、自分の家族が不慮の事故にあってなくなったとき、そのからだから移植に使う臓器を取り出すことを簡単には容認できません。非常に多くのヒトが臓器移植のドナーとなるヒトを待っているのですが、特に日本的な感情も相まって、ドナー不足は解消する方向にはありません。
米国やアジアの他の国々に行って、臓器移植を受けられる方々も年々増えています。国内にドナーがいないからです。他の国のドナーの方々のご厚意に頼っているという状況です。こうしてみると、私たち日本人の価値観からみた臓器移植について、もう一度しっかりと考えてみるときかもしれません。

第7話 「「ティッシュエンジニアリング」って何?」

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