再生医療のおはなし

ティッシュエンジニアリング
による再生医療

再生医療のお話をするために、今までいろいろなことについてご説明してきました。細胞のこと、マトリックスのこと、そういったことすべてが再生医療をお話しす る上で必要だと考えたからです。そもそも再生医療とは、病気や事故などの理由によって失われたからだの組織を再生することを目的として提案されました。よく「根本治療」という言葉が使われますが、根本的にもとどおりにする治療として定義されています。そのために、再生医療では生きた細胞を使って治したり、遺伝子をうまく利用して(このことはこのお話の中ではふれませんが)治したり、さまざまな新しい技術を駆使しようと考えられてきました。

ティッシュエンジニアリングは「細胞」「マトリックス」「生理活性物質」の3つをうまく組み合わせて、高性能の人工臓器・組織を作り出す考え方です。再生医療を達成するにはなくてならない考え方といってもいいでしょう。今まで治らなかった病気を、新しい方法で治す。口では簡単ですが、実際にとても難しいことです。

私たちは「薬」という病気を治す手段をよく知っています。おそらく今までに薬を飲んだり使ったりしたことのない方はいないでしょう。病院に行けば、当たり前のように薬を出されま今ではコンビニエンスストアでも、何らかの薬が手に入る時代です。そういった意味では、「今まで治らなかった病気が新しい薬で治るようになる」と言われたら、みなさんはおおかたその意味がイメージできるのではないかと思います。医師から「この薬を飲むように」と言われて出される薬が、今までになかった新しい効果を持つものだということです。飲んだり注射されたりという使われ方は、今までと何らかわりありません。もちろん、その新しい薬を作った開発者の努力は並大抵のものではありません。驚くほど多くの方々が、とてつもない努力をして新しい薬を開発します。

しかし、再生医療を実現するということは、これとは少し異なります。再生医療という概念による全く新しい治療方法によって、今まで治らなかった病気を治すことは、新しい薬の場合とは違って、使う病院や医師側も、とても多くのことをやらなくてはなりません。細胞を使った治療という新しい方法に限ってみますと、患者さんからいただいた細胞を、上手にたくさん増やす必要があります。これには失敗は許されません。せっかく患者さんからいただいた細胞を失敗して捨てるわけにはいかないのです。限られた時間の中で、それぞれの患者さんに応じた細胞を増やし、その一方では、増えた細胞を上手にマトリックスの中に入れなくてはなりません。また、これらを人工臓器と呼ばれる状態に保たなくてはならないのです。
一方、病院では、こういった新しい生きた人工臓器を受け取った後に、患者さんの移植手術まで上手に保管しなくてはなりませんし、手術室まで責任もって運ばなくてはなりません。患者さんの都合で手術が延期されたら、それこそ一大事です。薬とちがって、この人工臓器は生(なま)ものです。予定された期間以上の保存をすることが難しい場合も少なくありません。

わが国では、これまでこういった患者さん自身の細胞を使った治療は、一部の研究的な治療以外なされていませんでした。どこの病院でもうけることができる薬による治療とちがって、再生医療による治療をうけられる病院はかなり限られていました。しかし近年、表皮や軟骨など、ティッシュエンジニアリングによる再生医療は徐々に広がりつつあります。みなさんのからだの細胞からティッシュエンジニアリングによって人工臓器・組織を作り、その治療を実現するには、その組織を作って提供する企業・施設や病院だけでなく、受ける患者さんの深いご理解とご協力がなくてはならないのです。