再生医療のおはなし

「ティッシュエンジニアリング」
を実現するには

ティッシュエンジニアリングは「生きた細胞」「マトリックス」「生理活性物質」の3つをうまく組み合わせることで、高性能な人工臓器・組織を作ることができるという考え方です。では、実際にティッシュエンジニアリングを実現するにはどういった課題を解決すればよいのでしょうか。今回はそれについて考えてみたいと思います。

ティッシュエンジニアリングの主役はやはり細胞です。私たちのからだの細胞たちを大量に、かつ、うまく増やす技術を作らなくてはなりません。それには、まず細胞を大量に増やす方法が必要です。そもそも私たちのからだは60兆個もの細胞でできています。ほんの少しの組織を作りたい場合でも数億個以上の細胞が必要になります。からだの外で、細胞を大量に増やすことができなければ、ティッシュエンジニアリングを実現することはできません。今ある細胞培養のうち最も一般的な方法は、プラスチックのシャーレに細胞を蒔いて、液体の培養液を満たす方法です。そうすることで細胞たちは増えていきます。顕微鏡で見てみると、まるでアメーバのような単細胞生物が増えていくかのように、どんどん増えます。からだの中にあるのとは違った環境ではありますが、しっかりと増えていきます。

先程あえて、「うまく増やす」と言ったのにはわけがあります。たとえ、たくさんの細胞を増やすことができたとしても、それらがからだの中にいたときのように働いてくれなければ、意味がありません。やはりプラスチックの上でむりやり増やされた細胞たちです。第3話でお話ししたように、きちっと分化を維持した細胞ばかりではありません。多くの場合、細胞を大量に増やした段階で、機能を失ってしまうのです。これを「脱分化」といって、思惑通りの細胞になってくれないのも事実です。
細胞を大量に増やす技術や、分化をしっかり維持することは、ひとえに細胞培養の方法にかかっています。今、私たちの持っている技術では、すべての種類の細胞にとって、このような理想的な細胞培養が達成できているわけではありません。培養液の改良や、何か別のシャーレを開発し、理想的な培養技術を作ることがとても大切になります。
もちろん、マトリックスを開発する技術も重要です。からだに悪い影響を及ぼすものは使えません。それに、工場で作られたような人工的なマトリックスは、移植した後にすみやかに消えていって、まわりの細胞たちが作る自然のものに置き換わってくれるものがよいでしょう。いまのところ、完全にこれを満たすものはありませんが、それぞれの組織において理想的なものが作られるよう、多くの研究が行われています。

理想的に培養された細胞と、理想的に作られたマトリックスを混ぜてあげれば、すばらしい人工臓器・組織が作られそうですが、最後のハードルがあります。それは細胞たちを整然と並べなくてはならないと言うことです。私たちのからだの中の細胞たちは、とても規則正しく並んでいます。皮膚や骨、軟骨などは、見かけ上、細胞たちが「ごちゃごちゃ」に存在しているようですが、肝臓や腎臓などの臓器ではいろいろな種類の細胞がきちんと仕組まれた順番に並んでいます。数億以上の細胞たちが整然と並んでいるのです。

残念ながら、今の段階で細胞たちを整然と並ばせる技術はありません。からだの中に入ってから細胞たちの自主性に任せて並んでくれることを期待せざるを得ないのです。皮膚や骨では、バラバラに入れてもほとんど問題にならないことが知られています。しかし、もっと複雑な臓器ではそうはいかないでしょう。ティッシュエンジニアリングの発展にはこのような地道な研究が欠かせないのです。